釧路駅前にある カトリック釧路教会です 

釧路市黒金町にあるカトリック釧路教会です

聖母像とカラス

                                                 アルフォンソ・プポ神父

緑ヶ岡の修道院前にある庭の中央には、小さな丘があり、そこに聖母マリアの像が立っています。晴れの日も、雨の日も、雪の日も、昼も夜も、白いマリア像はまっすぐに立ち、前を見つめています。向かい側には、消防署があります。修道院から春採地区も見えるし、市立病院も右手のほうに見えます。

3月の終わり、最後の雪が融けた頃から4月いっぱいは、毎日、一日中、一羽のカラスが庭を飛び跳ねていました。私は時々、窓からその様子を眺めていました。そのカラスは羽が変形して、飛ぶことができないようでした。少し気の毒に思えましたが、元気に飛び跳ねる姿からは、生きようとする強い意志が伝わってきました。カラスのお気に入りの場所はマリア様の小さな丘のようで、時々飛び跳ねながら、ご像の横にある姫りんごの小さな木に登り、そこで少し休んでいました。

私はこう思っていました。「マリア様、少なくともカラスが一羽、あなたのそばにいてくれますね!このカラスは、あなたがいつもそこにいて、私たちのことを見守ってくださっていることを思い出させてくれます。あなたは前を通り過ぎるすべての人に視線を注ぎ、母の愛をもってすべての子供たちを見つめ、一人ひとりの心をご存じなのです」。

実際、毎朝カーテンを開けて、新しい朝を迎えるたびに、マリア様の像と、その前を行き交う人々が目に入ります。犬の散歩やジョギングをする人、仕事や学校へ向かう人、親と登園する子供たち、ゆっくりと歩く高齢者の方々です。時折、マリア像に目を向ける人がいます。また、たまにマリア様に一礼する人もいます。向かいの消防署では、出勤してきた消防士たちが集まり、一緒に朝礼をしたり、体操や訓練をしたりする元気な姿も見られます。

昼も夜も救急車のサイレンがよく響き渡ります。一体、誰のもとへ向かっているのでしょうか。不意に転倒してしまった高齢者の方か、それとも命の危険にある方でしょうか。交通事故か、あるいは誰かの突然の体調不良でしょうか。それは分かりませんが、聖母マリアの像はそこにたたずみ、それらの動きを見守っています。私は、救急車のサイレンが聞こえたら「アヴェ・マリアの祈り」を唱えるよう教えてくれた母のことを思い出します。時には、消防車の激しいサイレンが響くこともあります。火事でしょうか。事故でしょうか。私たちには分かりませんが、マリア様はご存じです。私はただ、短い祈りとともに消防士たちを送り出すことしかできません。

5月、聖母の月です。その半ば頃から、あのカラスは姿を見せなくなりました。どうしたのでしょうか。もしかしたらまた飛べるようになって、食べ物をつつくもっと良い場所を見つけたのでしょうか。それとも、修道院の庭の外へ出ようと挑戦して、悲しくも車にひかれてしまったのでしょうか。それは分かりません。ただ、少し寂しさを感じます。それでも、マリア像の前で行き交う人々の生活や営みは、いつもの通り続いています。

ふと思うのです。いま、聖母マリアの像に寄り添うカラスはもういません。では、誰がマリア様に祈りを捧げ、誰が母マリアのすべての子供たちのために「アヴェ・マリア」を唱え続けるのでしょうか。それは何よりもまず私自身です。それに、この短い文書を読んでいるあなたもまた、その一人なのです。

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